わかっちゃってる奴(1970/7/25)
絶対の無(1970/5/20)
狼でなければならぬとき(1970/5/4)
天の邪鬼(1970)
笑いは
顔のよそおいであるが
美しい笑顔は
たくましい心の
素顔なのです
しかし
ほんとうに
笑えなくなってしまったことのない
若い人たちにとって
美しい笑顔が
たくましい心の
素顔であるという真実が
どうしてわかりましょう
だから今
惜しみなく
笑いをふりまいている
若い人たちに
あなたのその笑いが
たとえ冷たい雨風に
曝されても
色褪せることのないように
若い灼熱の心で
顔の上にきちんと
焼き付けておいて欲しいと
願わずにおれないのです
いつしか
あなたの顔から
笑いが消えてゆき
青白い笑いと憂いとが
それに取って代わろうとするとき
そのとき
石鹸でザブザブと
思い切り顔を
洗ってごらんなさい
一枚皮を剥いたように
あざやかな
赤銅色の
美しい笑顔が
するりとその下から
現れるとしたら
それはあなたにとって
どんなに素晴らしいことでしょう
もし逆だったとしたら
・・・・・・・・・?
1970作
”わかっちゃてる”奴ってのは ぼくは嫌いさ
何となくべたべたと 先回りしてわかっちゃてる奴!
生徒の機嫌をとる教師
父親の気持ちをわかっちゃう息子
息子のことならお任せねの母親
男というものはねぇ、とおっしゃるバーのホステスあるいは失恋した女
女ってのはさとのたまわるプレイボーイ
世の中ってのはと達観した定年退職者
人生訓をたれたがる上司
世の中万事金次第とうそぶく成金
政治というものはだなと葉巻を燻らす政治屋
言わないでもわかるよと肩を叩き合う飲み友達
とにかく評論家
真実とはと語る私小説家
あなたのおっしゃることは
よーくわかるとおっしゃる
物分かりのいい読者
1970/7/25
あなたは絶対の無を想像できますか
光も闇も
空間も時間もない
絶対の無というものを
しかし、われわれは
そこから来たのです
われわれはやがて
そこへ戻るのです
あなたの
肉体も意識も
喜びも悩みも
そこから来
そこへ戻るのです
あなたが交わっている
その最も情熱的な情景でさえ
わずか100年
時間を前後にずらしただけで
絶対の無の中に
埋没してしまうのです
1970/5/20
羊のようにおとなしく
鞭で打たれようが
毛を毟りとられようが
青いやさしい目をむいて
メーと
哀れっぽく
泣き声を出していただけのわたしが
人間に対する思いやりや
自分のやさしさに対してさえ
ふつふつと
腹の底から
怒らなければならぬことに
気づいたとき
祝福された羊から
傷ついた一匹狼へと
変貌したのです
傷ついた狼には
もう涙さえ不要でした
哀れっぽい声を出して
他人の情けに縋ってばかりいた羊は
いまやギョロリと大きな
目を剥き
ことあるごとに
吠え、噛み付く
狼と変わったのです
鞭打たれれば
牙をむき出し
毛を毟られれば
肉を食いちぎる
獰猛な一匹の
狼へと
変貌したのです
1970/5/4
闘うことを至上命令と考える人たちが多いので
俺はあっさり兜を脱いだ
金を稼ぐことを異常に好む世の中になったので
俺はわざと大損をこいた
熱狂する人ばかりでは面白くあるまいと
俺は一人冷めていた
あくどさが人間の必要要件になったからとて
俺の知ったことか
1970作