(1998/6/17掲載)

「道」の文化:日本

(政府刊行物新聞1985/10)

 十月十日は体育の日、東京オリンピック大会開催の日に因んで昭和41年に設けられたものだ。十月は暑からず寒からず、確かにスポーツには絶好のシーズン。大いに楽しみたいものだ。

 ところで、今年のスポーツに関する大きなイベントといえば、8月から9月にかけて、神戸市で開催された、ユニバーシアード大会が上げられよう。世界から4千人もの若者が集い、熱戦を繰り広げた。日本は主主催国ということで、総勢3百人近い選手団を送込んだが、獲得したメ
グルは最初の目論見を下回ったようだ。

 こうした大きな国際大会のたびに日本選手は、本番に弱いということがいわれる。確かに、日頃の実力を出せないで負ける選手が思いのほか多い。外国選手の中には、日頃の実力以上の力を出して勝つ選手が少なくないのに、これはどうしてだろうか。日本のお家芸といわれる柔道でも期待通りの成績を上げるととができず、韓国や北朝鮮の選手に名を成さしめた。しかも、日本流の相手の出方を待つ試合方法が、最初から積極的に打って出る外国選手の流儀に付いていけなくなりつつあるとの危機感さ英だかされた。成績がもうひとつだった背景には、柔道界の内輪もめがあったとも伝えられている。

 ところで、この柔道という名称が示すように日本育ちのスポーツや芸ごとの多くにこの「道」という言葉がつく。剣道、弓道、合気道、空手道、棋道、華道、茶道、香道、書道、画道、歌道・・・、そしてこの「道」がつくと、とたんに、それを通して精神修養を図るという意味合いが付加される。呼名に「道」の付いていない外来のスポーツであっても日本人は本能的には、この「道」という言葉が付いたものとして受止めている。炎暑の中で行われる夏の甲子園大会を見れば、やはりそこには野球道というものがありそうだ。サッカー道、バスケット道、バレー道、どのスポ一ツにも「道」をつけても、およそおかしくないように思える。

「道」がつくと、そこは真面目な人生の生き方の探究の場になる。不真面目は許されない。楽しみよりは、苦しみこそが求められなければならない。苦しい血の滲むような練習こそがふさわしい。笑えるようではまだ甘い。それに一度その道に入れば、その道一筋、道を極めるまで頑張らなければならない。柔道部に席を置く一方、バレー部にも手をだすような二股をかけたり、二兎を追ってはならない。

 精神修養の場である以上、教師あるいは師匠には、ひたすらへりくだっ教えを乞わねばならず、師に反発したり、師の用いない技を用いたりしてはならない。弟子は弟子らしく、謙虚でなければならない。先輩後輩の序列は頭に叩きこんでおき、兄弟子は常に尊重しなければならない。従って、練習の場は道場とよばれ、神聖視される。本番は真剣勝負の場、勝って泣き、負けて泣く。これこそ人生の道そのものであり、人生修養の場でなくてなんであろう。観衆もそこに人生の縮図を見て感激する。

 「みち」は、道、途、路などと書き、人が歩く道だけの意味でなく、抽象的には人生行路、人間の進むべき道、さらには、真理といった意味で用いれられる。これは、日中共同している。しかし、芸ごとや武術に「道」をつけることは、中国ではしない。書道は書法、空手道は拳法といい、法は方法・技法の意味だ。それだけ日本人のほうが、スポーツや芸ごとにも生真面目に取組んでいる様にみえる。単なる技術より、精神面や「芸」を尊重し、その一方で合理性や科学を軽んずる面がある。

 日本の道は、網の目状に張り巡らされた「あらゆる道はローマに通ず」という道ではない。石畳の道ではなく、放っておくとたちまち雑草に覆われ消えてしまう道だ。雨に流され土砂に埋もれてしまう道だ。山地の多い日本の道のことゆえ、次第に高く昇っていき、奥山へ消えていく道無き道こそが日本人にとっての道のイメ一ジと言ってよい。どこへ達するかは分らない。それゆえ脇見もふらず、その道一筋に極めなければならないのだ。一度道を外したり、迷ったりしたら目的地に着けないばかりか、それこそ、行き倒れにもなりかねない。

 そういう高きに昇っていく道のイメージを反映してか、柔道にしても剣道にしても、また棋道にしても技量向上の目安に「段」を用いている。一段一段高く昇っていき、その道を極めるところに人生の意義があり、人生そのものが集約されると考えるのだ。

 こうした道のイメージが、今もって日本人のスポーツ観には付纏っている。従って、大きな大会になればなるほど、人生の大事という意識が前にでて、たかがスポーツ、楽しく伸び伸びやろうぜ、とはいかず、期待を精一杯背負いこんで頑張る。そこで堅くなり、上がってしまう。その結果、たかがスポーツ派の外国人に負けてしまう。

 弓道や華道や茶道など、およそ「道」の付くものには様々な流派や家元が存在し、それぞれの他の流派から没交渉でその流派なりの技を磨く。華道だけでも約3千の流派があるという。つまり、本道から脇道へ脇道へと限りなく細分化していき、奥山へ奥山へとわけいるようなものだ。だから、他の道と決して交わらない。各家元が独自性を装う結果、役柄の名称の様な技術的抹消的な差異が重要視され、本道が見失われやすくなる。一度ある流派に入門すると、他の流派に鞍替え出来ないのみなちず、師匠の使う花屋の花や道具屋の道具を使い、師匠の教える技術のみ使うよう拘束さえ受ける。次第に技術の互換性は失われ、情報を交換して、技術を磨きあうことなど出来なくなる。違う流派の人と付きあうことすら禁じられる。

 こうして、その道一筋に閉籠るので自ずと各流派は閉鎖的となり、お互いに対立したり足のひっぱりあいをし、些細なことで内輪もめを起こしやすい体質となる。技術は秘伝奥伝としてその流派のなかでのみ伝わるが、必ずしも汎用性のある高い技術になるとは限らない。狭い自己の道のみに閉籠り、他の道とは交流しないので、定型化し易く、技術のレベルアップにも限界がある。

 日本の大学では、ラグビー部に入ればその部一筋の生活を送らなければならない。他の部に入れることはまず無理だ。入部するということは、幾筋にも分かれた交叉点でその一つを選ぶ様なもので、一度選ぶともはや引き返せない。外国では、夏には水泳部で水泳をやり冬にはラグビー部でラグビーをやるという様に、複数の部に入ることは普通だが、日本では思いもよらない。

 このため、体力的技術的にもかたより戦略的にも進歩しない。どの部でも痩せ我慢の長時間練習やしごきが、精神力を鍛えるとして伝統的に尊重されているが、合理的精神とは無縁な痩せ我慢の精神力のみでは、世界の桧舞台では通用しない。こうした運動部の閉鎖性や古い体質が、次第に嫌われ始めており、いい人材が集まらなくなる傾向もみられる。

 ところで、芸ごとやスポーツにしても「道」と心得る日本人のこと、仕事となればそれ以上の生真面目さで取組むことになるのは、いうまでもない。これこそが、日本経済の強さの秘密であろう。企業に入ることは、企業「道」に入り人生修行をすることと見つけたり。仕事にしろ、余暇にしろいずれにしても道に入るのだ。生真面目に取り組む点で、その間に区別がないのも、無理もない。

 それにしても東京の道の分りにくく、かつ道路標識の不親切なこと。これは道とは本来そういうもの、道なき道こそ本来の道であり、各自が苦心して辿りつくところに、人生の意義があるという精神の所産だろうか。そこには、人生の縮図たる道を象徴的に感得させてあげようという、深い思いやりの心があるのかもしれない。